Geopolitical Studies: 第01回 タイ・カンボジア紛争再燃が世界と日本に与える地政学的・安全保障上の影響

地政学や安全保障について考えることが必要な社会状況になってきていると感じています。その為、今回から不定期で、安全保障について考えるための話題を提供します。

2025年07月24日未明にタイとカンボジアの間で紛争が再発したが、これについて背景情報を確認する。

エグゼクティブサマリー

タイとカンボジア間の国境紛争は、プレアビヒア寺院の領有権を巡る歴史的経緯を持ち、国際司法裁判所(ICJ)による判決後も緊張が再燃する構造的な問題を抱えている。2025年にカンボジアがICJへの再提訴を示唆し、武力衝突が発生したことは、この紛争が単なる国境問題に留まらず、両国内の政治的安定性やナショナリズムの高揚といった内部要因と深く結びついていることを示唆している。

この紛争の再燃は、東南アジアの地域経済の「大動脈」である南部経済回廊の寸断、サプライチェーンの混乱、人道危機、そしてサイバー空間での新たな脅威といった多岐にわたる深刻な影響を世界にもたらす。特に日本は、両国との深い経済的結びつきから、サプライチェーンの脆弱性や在留邦人への影響といった直接的な打撃を受ける。また、ASEANの結束と地域秩序維持の能力が試され、米中両大国間の戦略的競争が激化する新たな舞台となる可能性も秘めている。

本報告書は、これらの影響を詳細に分析し、日本およびASEANが取るべき具体的な行動を提言する。提言には、外交を通じた平和的解決の促進、経済的レジリエンスの強化、人道支援と難民保護の徹底、サイバーセキュリティ対策の強化、そして長期的な地域安定化への貢献が含まれる。

1.紛争の背景と現状

1.1. プレアビヒア寺院を巡る歴史的経緯と国際司法裁判所の判決

プレアビヒア寺院は、9世紀から12世紀にかけてクメール帝国時代に建設されたヒンドゥー教寺院であり、カンボジアとタイの国境付近に位置する歴史的・宗教的に重要な遺跡である 。この寺院の領有権を巡る紛争は、第二次世界大戦後、タイが実効支配していた時期に遡る。独立後のカンボジアが国際司法裁判所(ICJ)に提訴し、1962年の判決で寺院周辺におけるカンボジア側の主権が認められた 。

タイ側は判決に不満を示しつつも従ってきたが、2008年初頭にカンボジアがプレアビヒア寺院遺跡の世界遺産登録をユネスコに申請し、カンボジアの世界遺産として登録されたことに対し、タイ国内の政治団体や市民団体が激しく反発した 。この反発が2008年7月以降のタイ軍のカンボジア領侵入と両軍の部隊配備、そして同年10月には銃撃戦が発生し、カンボジア兵2人死亡、タイ兵7人負傷の事態に発展した 。2011年2月からの3ヶ月間にも致命的な軍事衝突が発生し、数十人の死者、多数の負傷者、数万人の住居を失った非戦闘員が発生した 。これを受け、ICJは紛争地域に非武装地帯を設定し、両国に即時撤兵を命じた 。2013年11月には、ICJが寺院周辺の土地もカンボジアに帰属すると判断し、領有権問題は一旦終結したとされた

1.2. 近年の緊張再燃と武力衝突の状況

過去のICJによる複数回の判決にもかかわらず、プレアビヒア寺院を巡る紛争は2025年に再燃し、カンボジアが再度ICJに解決を要請している 。これは、国際法廷の判決が必ずしも紛争の根本的な解決には繋がらず、特に領土問題においては、国内の政治的圧力やナショナリズムが再燃の主要因となる可能性を示唆している。タイ側では国境紛争が首相の窮地を招き、政権内の主導権争いが激化した事例も過去にあり 、紛争の再燃が単なる国境問題に留まらず、両国内の政治的安定性や権力闘争、ナショナリズムの高揚といった内部要因が強く影響していると推測され、紛争解決の難易度を高めている。

2025年5月には両軍間の銃撃戦によりカンボジア兵1人が死亡し、同年7月24日には再び武力衝突が発生し、タイ側の地元住民11人と兵士1人が死亡した 。これを受けて、2025年6月にはカンボジアのフン・マネット首相がタイとの国境紛争について国際司法裁判所(ICJ)に解決を要請したことを明らかにした 。タイ当局は国境を完全に閉鎖し、カンボジアもタイの映画・テレビ番組を禁止し、燃料、果物、野菜の輸入停止、国際インターネット接続や電力供給の一部をボイコットするなど、経済的報復措置に踏み切った 。

国境沿いの村々からは約8万人の住民が退避しており、民間人にも被害が出ている 。タイ外務省も国境付近の一部地域に「渡航中止勧告」レベル3を発令している 。タイ軍は国境地帯で対人地雷を発見したと発表しており 、戦闘の長期化が懸念される。

プレアビヒア寺院を巡る紛争が定期的に再燃するパターン(2008-2011年、2025年)は、この地域における国境紛争が単発的な事象ではなく、解決が困難な構造的問題として「常態化」するリスクを内包していることを示唆している 。この紛争が一度解決したとされた後も再燃している事実は、その根源的な問題が未解決のままであることを意味する。これは、地域内の協力関係や信頼醸成を阻害し、ASEANの結束にも長期的な悪影響を与える。紛争が定期的に発生することで、投資環境の不確実性が増し、経済回廊の安定的な運用も困難になる。これは、東南アジア全体の安定性に対する持続的な脅威となり、地域統合の進展を阻害する要因となり得る。

2. 世界への影響

2.1. 地域経済への影響とサプライチェーンの寸断

タイとカンボジアの国境封鎖は、ベトナムからカンボジア、タイを経てミャンマーへと続く約1000kmの「南部経済回廊」という東南アジアの「大動脈」を寸断した 。この回廊は、域内貿易・投資を促進し、製造業の集積を支える上で極めて重要であり、多くのグローバル企業が部品や原材料の効率的な輸送に依存している 。国境封鎖により、物流はベトナム経由の海上輸送に切り替えざるを得なくなり、輸送距離が約3倍の1500km超に延長された 。これにより、輸送コストは3倍に跳ね上がり、リードタイムも大幅に延長されている 。  

南部経済回廊の寸断は、ASEAN域内の経済統合が進む中で、特定の陸上輸送ルートへの過度な依存が、いかに地域全体のサプライチェーンを脆弱にするかを示している。この脆弱性は、自動車やアパレルといった特定の基幹産業に集中して打撃を与え、結果としてグローバルな生産ネットワークに混乱をもたらす。特に、自動車産業のようにジャストインタイム生産に依存する産業は、部品供給の遅延が生産停止に直結するため、世界中の関連企業に影響が波及する。

自動車およびアパレル産業は、タイからカンボジアへの縫製材料や自動車部品の陸上輸送に大きく依存しているため、特に深刻な打撃を受けている 。タイのサケーオ県の国境検問所は自動車製品物流の要衝であり、2024年にはカンボジアがタイへの自動車製品輸出の80%以上をこの検問所経由で行っていた 。この機能の停止は計り知れない影響をもたらす。カンボジアではタイからの食料品や医薬品の調達が困難になり、代替供給先の確保に奔走している 。タイの製造業者も部品供給の遅延に直面し、納期遅延や契約不履行のリスクに晒されている 。2025年4月には、タイとカンボジアの二国間貿易額を2年以内に年間150億米ドルに拡大する目標が掲げられていたが 、今回の紛争により達成は困難となる。  

タイとカンボジア間の国境封鎖と貿易制限は 、両国間の経済的相互依存が高いがゆえに、紛争が双方に深刻な経済的打撃を与える「共倒れ」のリスクを浮き彫りにしている。タイ・カンボジア間の貿易の重要性、特にサケーオ検問所を通じた自動車部品の流通は 、両国経済がいかに深く結びついているかを示す。カンボジアがタイからの輸入を停止し、タイも国境検問所を閉鎖した行為は 、相互に経済的ダメージを与える。タイの軍事力がカンボジアを圧倒しているとされているが 、経済的な打撃はタイ自身にも及ぶため、軍事的な優位性が必ずしも経済的な優位性には繋がらない。この相互の経済的脆弱性が、紛争の長期化や新たな形の対立(経済戦)を引き起こす可能性を秘めている。

2.2. 地政学的影響と大国間関係

タイとカンボジアの紛争は、ASEANの「内政不干渉」や「紛争の平和的解決」といった基本原則 を試すことになる。2011年の衝突時にもASEANは即時撤退と非武装地帯設置を要請したが 、今回の再燃はASEANの紛争解決メカニズムの有効性と、その地域における中心性(ASEAN centrality)に疑問を投げかける 。ASEANは「内政不干渉」を原則とする「ASEAN方式」 を掲げてきたが、加盟国間の武力紛争が再燃することは、この方式の限界を露呈し、ASEANが地域安全保障の「中心」としての役割を果たす能力に深刻な疑問を投げかける。2011年の紛争が「東南アジアの地域主義へのマイナスの影響」をもたらしたと指摘されているように 、2025年の再燃は、ASEANが過去の教訓を十分に活かせなかったか、あるいはそのメカニズムが根本的に不十分であることを示唆する。これにより、ASEANが地域内の紛争を自律的に解決できないという認識が広まれば、その中心的な役割が弱まり、外部からの介入を招きやすくなる。  

ASEAN加盟国間の紛争は、中国と米国という二大国が東南アジア地域での影響力拡大を図る上での新たな「機会」となり得る。中国はASEAN最大の貿易パートナーであり、カンボジアに対しては最大の直接投資国であり、無償軍事援助も提供している 。中国のカンボジアへの深い影響力は、「カンボジアの陸海空軍は中国が作った」との言説もあるほどである 。紛争が長期化すれば、中国が仲介者として、あるいは支援者としてさらに影響力を拡大しようとする可能性がある。  

一方、米国もASEANとの間で包括的戦略パートナーシップを立ち上げ 、経済協力や安全保障協力を推進している 。米国は「自由で開かれた、安定し反映する、強靭で安全なインド太平洋」の構築を掲げており 、紛争の不安定化は米国の地域戦略にも影響を与える。米国はASEANの安定を重視しており、紛争解決への関与を強める可能性がある。  

紛争が発生し、ASEANがその解決に苦慮すれば、米中両大国はそれぞれ自国の利益と戦略的目標に基づいて介入を試みるだろう。例えば、中国はカンボジアへの支援を強化し、米国はタイや他のASEAN諸国との連携を深めることで、地域内の勢力均衡に影響を与えようとする。これにより、紛争が地域の安定を損なうだけでなく、大国間競争の代理戦場となるリスクが高まり、紛争解決をさらに複雑化させ、地域全体の不安定化を招く可能性がある。

2.3. 人道危機と難民問題

紛争の激化により、タイ・カンボジア国境沿いの村々から約8万人の住民が退避しており、民間人にも死傷者が出ている 。タイ外務省も国境付近の一部地域に「渡航中止勧告」レベル3を発令している 。過去の紛争と現在の8万人の避難という明確なパターンは、今回の紛争が大規模な人道危機を必然的に引き起こすことを示唆している。特に、国境地域住民の脆弱性に加え、対人地雷の存在は 、避難経路の危険性を高め、人道支援活動を著しく困難にする複合的な脆弱性を生み出す。  

1980年代には、カンボジア国内の内戦(ベトナム侵攻とポル・ポト派などの三派連合の内戦)により、タイ・カンボジア国境には大量の難民が流出し、「カオイダンキャンプ」には一時12〜14万人ものカンボジア難民が収容された歴史がある 。このような過去の経験は、紛争がエスカレートすれば、さらに多くの避難民が発生するという明確な予測を可能にする。加えて、地雷が発見されたことは 、単に避難の困難さだけでなく、長期的な安全保障上の脅威となり、帰還や復興を阻害する要因となる。これは、単なる人道支援を超えた、より複雑な対応を必要とする。  

紛争による避難民の増加は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や赤十字国際委員会(ICRC)、国境なき医師団(MSF)といった国際人道支援機関の活動に大きな負担をかける 。世界中で紛争や迫害による避難民が1億人を超え 、特にミャンマーのような東南アジア域内の他の大規模紛争 が進行している状況下で、タイ・カンボジア紛争による新たな人道危機は、既に限界に近い国際的な人道支援システムにさらなる過大な負荷をかける。これは、資源の枯渇、支援の遅延、そして最終的にはより多くの人命の喪失に繋がりかねない。

3. 日本への影響

3.1. 経済的影響

日本はタイにとって最大の投資国であり 、タイの経済発展に大きく寄与してきた 。また、カンボジアへの直接投資は低調であったが、2010年以降、製造業(電子機器、自動車部品、縫製など)の進出が開始され、特に「タイ+1」戦略の中心地としてカンボジアが選ばれてきた 。この戦略は、タイに拠点を持つ企業がリスク分散とコスト最適化のために生産の一部をカンボジアに移すものであり 、南部経済回廊の寸断 は、このサプライチェーンに直接的な打撃を与える。日本企業は、部品供給の遅延、生産停止、納期遅延による契約不履行のリスクに直面する 。  

日本企業が人件費の優位性からカンボジアを「タイ+1」戦略の主要拠点としてきた背景がある中で、タイ・カンボジア国境の寸断は 、この戦略に内在する地理的集中リスクを顕在化させる。これにより、コスト最適化のために構築されたサプライチェーンが、地政学的リスクに対して極めて脆弱であることが露呈し、日本企業は抜本的なサプライチェーン再設計を迫られる。これは、単なる物流コストの増加に留まらず、企業の事業継続計画(BCP)の再評価と、サプライチェーンのさらなる多角化を促すことになる。  

日本とタイの貿易は深く、輸出入ともに工業製品が上位を占める 。日本はカンボジアとの貿易では黒字を維持しており、衣類や靴を輸入し、自動車や機械類を輸出している 。紛争による国境封鎖や貿易制限は 、これらの貿易関係に悪影響を及ぼし、日本企業の収益性低下や投資計画の見直しを促す可能性がある。東南アジアが日本にとって地政学的・経済的に重要であり 、質の高い成長が日本の繁栄に重要である と認識されている中で、今回の紛争は、日本が推進してきた地域経済連携やインフラ投資戦略の再考を促す。一つの紛争が主要経済回廊を機能不全に陥らせる現実は 、これまでの投資戦略の脆弱性を浮き彫りにする。これにより、日本は単に経済回廊を「繋ぐ」だけでなく、その「強靭性」をいかに確保するかという、より高度な戦略的課題に直面することになる。

3.2. 在留邦人と渡航者への影響

タイには多くの在留邦人がおり、観光立国であるタイの経済的混乱は、日本人経営の店舗やサービス業にも直接的な打撃となる 。紛争が激化すれば、各国政府がタイへの渡航警戒レベルを引き上げたり、在留邦人に対して退避勧告を出す可能性が高まり、心理的不安の増大や一時帰国者の増加が予想される 。外務省はすでにカンボジア国境付近に渡航中止勧告を発令している 。

3.3. 地域協力とODAへの影響

日本はカンボジアにとって1992年以降、最大のODA(政府開発援助)供与国であり、戦後復興、人材育成、制度整備からインフラ、農業、教育、保健、ガバナンス分野を中心に支援を行ってきた 。紛争の激化は、これらのODAプロジェクトの実施に支障をきたし、日本の地域貢献努力を阻害する可能性がある。「平和の定着」を目指す日本のODA支援は 、紛争下・紛争直後の緊急人道支援から復旧復興・開発支援まで切れ目のない支援を重視しているが、紛争の長期化は支援の継続性と効果を脅かす。

4. サイバーセキュリティへの影響

4.1. 国家間紛争におけるサイバー攻撃の脅威

国家間の紛争において、サイバー攻撃は重要な戦術となり得る。過去には、イランの核燃料施設でPLCの設定が改ざんされ稼働が一時停止した事例(Stuxnet)や、ウクライナの電力設備で送電の遮断とシステム破壊による大規模停電が発生した事例、中東の重要インフラで安全計装システムの緊急停止機能が不正に作動した事例など、重要インフラに極めて重大な被害をもたらしたサイバー攻撃が確認されている 。サイバー攻撃は、従来の物理的な武力衝突と並行して、あるいはその前哨戦として行われる可能性がある。

4.2. 重要インフラへの影響とサイバー犯罪の激化

タイとカンボジアの紛争がサイバー領域に拡大すれば、電力、通信、交通、金融などの重要インフラが標的となるリスクが高まる 。これにより、市民生活や経済活動に甚大な影響が及ぶ可能性がある。  

カンボジアとミャンマーの国境地帯は、近年、コールセンター詐欺やオレオレ詐欺、ロマンス詐欺などのサイバー犯罪の国際的な拠点となっており 、タイはこれに対抗して国境地帯のインターネット接続を遮断する措置を講じている 。タイ・カンボジア国境地域が既存のサイバー犯罪の温床となっている現状は、紛争の激化に伴い、これらの犯罪インフラや人材が国家レベルのサイバー攻撃に利用される、あるいはその活動が国家のサイバー作戦と意図せず融合するリスクを高める。これにより、サイバー空間における行為者の特定がさらに困難になり、「無法地帯化」が進む可能性がある。紛争の混乱は、これらの犯罪組織の活動をさらに活発化させるだけでなく、国家がこれらの犯罪インフラや人材を、自国のサイバー攻撃能力として利用・転用するリスクも生じる。  

東南アジアではサイバー攻撃が年々増加しており、特にランサムウェア攻撃が頻発している 。地域は急速なデジタル化が進む一方で、サイバーセキュリティに対する意識の欠如、専門家不足、規制の格差といった脆弱性を抱えている 。東南アジア全体がサイバーセキュリティの人材不足、意識の欠如、規制の格差といった構造的脆弱性を抱える中で、タイ・カンボジア紛争がサイバー領域に波及することは、これらの脆弱性を増幅させ、地域全体のデジタル経済と重要インフラを脅かす。これは、個別国家の対策だけでは不十分であり、地域的・国際的なサイバーセキュリティ協力の喫緊の必要性を浮き彫りにする。紛争はこれらの脆弱性を悪用し、地域全体のサイバー脅威レベルを引き上げる。

4.3. タイ・カンボジアのサイバー防衛能力と地域的課題

軍事力においてタイがカンボジアを圧倒的に上回る のと同様に、サイバー防衛能力においてもタイの方が優位にあると推測される 。しかし、両国ともに高度なサイバー攻撃への対応能力には限界がある可能性がある。国家支援型APT(高度な持続的脅威)グループが東南アジアの重要インフラや機密データを標的にするケースが増加しており、タイもその上位5カ国に含まれる 。これは、紛争が外部のアクターを巻き込む可能性を示唆している。

5. 日本及びASEANが取るべきと思われる行動

5.1. 紛争の平和的解決に向けた外交的アプローチ

ASEAN中心性の維持と対話の促進

ASEANは、タイとカンボジア間の紛争解決において、その中心的な役割を堅持し、両国間の直接対話と信頼醸成措置(CBM)を積極的に促進すべきである 。ASEAN議長特使による仲介や、ASEAN地域フォーラム(ARF)の活用を通じて、紛争の平和的解決に向けたロードマップを策定し、その履行を監視する。日本は、ASEANの努力を全面的に支持し、必要に応じて外交的・技術的支援を提供する。特に、ASEANの「静かな外交」を尊重しつつ、裏側での調整役を果たすことが重要である 。

国際司法裁判所判決の尊重と履行支援

後の判決を尊重し、その履行を確実に行うべきである 。日本は、ICJの権威を支持し、判決の履行を促すための外交的働きかけを行うとともに、必要であれば、紛争地域の非武装化や監視体制の構築(2011年のICJ命令)に対する技術的・財政的支援を検討する 。

ICJ自体には強制執行メカニズムは直接的に備わっていない。しかし、国連憲章第94条第2項は、当時国家が判決を履行しない場合に安保理が勧告を行うか、判決を履行させるための措置を決定することができると定められている。但し、安保理における拒否権問題などの政治的要素が絡むため、実効性は低いように思われる。

日本においてもICJの判決尊重は重要である。仮に日本が竹島問題でICJに提訴し、判決が下された場合、履行されなければ日本にとっての提訴の目的が達成されないこととなる。したがって、日本は自らの紛争解決の有効性を確保するためにも、ICJ判決の尊重を強く求める必要がある。

5.2. 経済的レジリエンスの強化

サプライチェーンの多角化と強靭化

日本企業は、特定の地域や輸送ルートへの依存度を低減するため、生産拠点の分散化(「チャイナプラスワン」戦略のさらなる深化)や、複数の供給元を確保するマルチソース化を加速すべきである 。ASEANは、南部経済回廊のような主要な経済動脈の代替ルートの開発や、災害・紛争時の物流寸断に備えた緊急時計画(BCP)の策定を推進すべきである 。日本は、ASEAN域内でのインフラ投資(例:メコン地域経済回廊)において 、単なる効率性だけでなく、レジリエンス(強靭性)を重視した多様なルートの確保や、デジタル化による物流の可視化・最適化を支援する。  

経済特区を通じた地域経済の安定化支援

タイ・カンボジア国境地域に設置されている経済特区(SEZ)は、地域経済の安定化に寄与する可能性がある 。紛争による影響を最小限に抑えるため、これらの特区の安全確保と、投資環境の維持に努めるべきである。日本は、日系企業が多く進出しているこれらの経済特区 に対し、情報提供やリスク管理に関する支援を強化する。

5.3. 人道支援と難民保護

国境地域住民への支援強化

タイとカンボジアは、紛争により避難を強いられた住民 に対し、国際人道法に基づき、食料、水、医療、シェルターなどの緊急援助を迅速に提供すべきである。特に、地雷の脅威 を考慮し、安全な避難経路の確保と地雷除去活動を並行して進める必要がある。人道的例外措置として、緊急を要する患者や学生の移動、日常生活に不可欠な活動に関しては、国境通過を許可するなど、最低限の配慮を継続すべきである 。

国際機関との連携強化

UNHCR、ICRC、MSFなどの国際人道支援機関は、紛争の影響を受けた人々の保護と支援において中心的な役割を果たすべきである 。日本は、これらの国際機関への財政的貢献を強化し、必要に応じて物資や専門家を派遣するなど、人道支援活動を積極的に支援する 。特に、ミャンマーなど他の危機地域とのリソース競合を考慮し、効果的かつ効率的な支援配分を調整する。

5.4. サイバーセキュリティ対策の強化

情報共有と共同訓練の推進

ASEAN諸国は、サイバー脅威に関する情報共有メカニズムを強化し、国家レベルでのサイバー攻撃に対する共同訓練を定期的に実施すべきである 。これにより、地域全体のサイバーレジリエンスを高める。日本は、NISC(内閣サイバーセキュリティセンター)などの専門機関を通じて、ASEAN諸国とのサイバーセキュリティ分野での協力枠組みを強化し、脅威情報の共有、人材育成、技術移転を積極的に行う 。  

重要インフラ保護のための技術協力

タイとカンボジアは、電力、通信、交通などの重要インフラに対するサイバー攻撃のリスクを評価し、防御策を強化する必要がある 。特に、OT(オペレーショナルテクノロジー)環境のセキュリティ強化に重点を置くべきである。日本は、重要インフラ保護に関する専門知識と技術を提供し、両国のサイバー防衛能力向上を支援する。また、サイバー犯罪対策として、国境を越えた捜査協力や法執行能力の強化を支援する 。

5.5. 長期的な地域安定への貢献

日本のODAを通じたインフラ・人材育成支援

日本は、カンボジアを含むメコン地域へのODAを通じて、質の高いインフラ整備 や人材育成 を継続し、紛争の根本原因となり得る経済格差や社会的不安定要因の解消に貢献する。特に、国境地域の経済発展を促すプロジェクトや、平和教育、コミュニティ開発を通じて、対立の根源を断つ長期的なアプローチを支援する。  

ASEANとの戦略的パートナーシップの深化

日本は、ASEANとの包括的戦略パートナーシップ をさらに深化させ、政治・安全保障、経済、社会文化の各分野で協力を強化する。これにより、地域全体の安定と繁栄に貢献し、紛争が再燃しにくい環境を構築する。

以上。

6. Appendix